NOVEL
Heaven's Royale -Archangel's Desire- 6/6
そんな奇妙な生活が続いて1年。
ロワイヤルがなかった頃の上級天使たちは戦い、その順位で仕事を選んでいた。
稽古の成果もあって、僕は上級天使を次々に倒していった。
だが僕は最後、ルシフェルに完敗した。
なぜ、僕が負けるのか。
何度考えても分かるものではなかった。
前から気にくわない奴だったが、ますます嫌いになった。
ルシフェルに側近の地位を奪われた僕は、やむを得ず審判役になろうとした。
だが、ミカエルが動いた。
「ルシフェル、ここは一歩妥協してくれないか」
「分かりました」
ミカエルの計らいで、ルシフェルは僕に大天使護衛役を譲ってきたのだった。
***
僕は当然のように大天使の部屋に赴く。
気がつけば大天使の狗と呼ばれ、ルシフェル以上の妬みを受けていた。
まあ、そんなものは気に留めたこともなかったが。
今日だけは、懐にナイフを携えていた。
殺せるかは分からないが、そうでもしないと気が収まらなかった。
お前は、余計な真似をした。
ルシフェルに、見下される。
それはこの僕が最も嫌うことだ。
そんなことも分からない程の馬鹿に生きる価値はない。
しかし、僕のナイフが血に汚れることはなかった。
「おまえは、私の側近が嫌なのだろう」
ナイフを背後から突き刺そうとした時、ミカエルはそう言った。
ミカエルは僕の野心を見透かしていた。
分かっていて、僕を強くしていたのだ。
「ならば、私を殺せ。そうすれば、おまえが大天使になる。簡単だろう?」
「ふへっ、そう言って、なかなか死んでくれないのでしょう?」
毎晩の世話は、いつしか殺し合いに変わった。
いつものように遊び相手になると見せかけて、唐突に殺し合いが始まる。
これが思ったよりも楽しいもので、僕は笑いながら刃を向けた。
そしてどちらかの「降参」の一言で、一日は終わる。
「参ったな。近いうちに、次の大天使はおまえになりそうだ」
ミカエルは無邪気に笑った。
笑う余裕があるなら、まだ僕の実力は足りていないということか。
なら明日はどうやって殺そうか。
僕は一日中作戦を練った。
それだけ夢中になった。
毎晩、大天使と本気で殺し合ったこと。
皮肉だが、僕はこれでさらに強くなっていった。
今思えば、この時が一番充実していたのかもしれない。
***
だがそれから数日後、ミカエルはあっさりと殺された。
僕がベリアルに言われて部屋に着いた時には、もうその姿はなかった。
ベリアルによると、ルシフェルが武器を奪ってから殺したらしい。
ルシフェルという名前を聞いた時点で怒りは収まらなかったが、かろうじて正気を保っていた。
「なぜ、ミカエルを殺した?」
そう尋ねた時。
「退屈だったから」
と、ルシフェルは答えた。
「あの人は俺に綺麗事ばかり説くものだから、殺した時どんな顔をするのか気になってね」
そんな理由で、僕の楽しみは奪われたというのか。
「……ふざけるな」
別にミカエルが死んだことはいい。
だがそれがどうしてお前なのか。
あの女を殺すのは僕だ。
どうして、お前が殺している。
どうして、お前が大天使になっている。
「どうして、お前はいつも僕の邪魔ばかりする――!」
咆哮と共に、大剣を力任せに振り回す。
「ルシフェル……お前だけは、ここで殺す!」
やり場のない嫉妬と、行き場を失った殺意は新たな大天使へと向かった。
だが、ルシフェルの細剣と僕の大剣では分が悪かった。
「思い上がりも甚だしいな、アザゼル。敵うと思ったのか」
視界が反転した。
片目はまともに開かない。
自分の血で周囲が満たされる程の、夥しい出血だった。
それでも大剣を握る腕だけは緩めなかった。
「……黙れチビ。その玉座は、僕の椅子だ」
僕は全力を尽くしたが、こっぴどく打ちのめされた。
僕がミカエルと戯れている間、ルシフェルも鍛えていた。
僕がどれだけ強くなろうと、ルシフェルはそのさらに上にいた。
「もう終わりか? もう少し楽しませてくれると思ったが」
血の海に横たわる僕に、ルシフェルは細剣を向けた。
「ふへへっ、お前はあれか? 死にたがりか? ならこの僕が殺してやろう」
咳に近い笑い声をあげる。
体を起こすと、髪から赤い水が流れ落ちた。
「ルシフェル。お前にその玉座は、ちと大きすぎるだろう……?」
「なら、君がいつ諦めるのか、楽しみだ」
死なない程度に、傷を抉られる。
天使になってから、僕がこれだけの重傷を負ったのは初めてだった。
傷を増やされると同時に憎悪が芽生えていく。
「ああ、殺してやる。僕は毎日、お前をぶっ殺す」
その日から僕は狗ではなく、狂犬と呼ばれるようになった。
もっとも、ルシフェルとの殺し合いが僕を満たすことはなかったが。
***
大天使になってから、どれだけの年月が流れたのだろう。
今エデン区ではロワイヤルが行われているが、僕は思いのほか退屈――いや暇をもて余している。
この僕が、あのチビと同じことを思ってたまるか。
日課のうち、2つができなくなっただけだ。
ならば、新しい日課を増やせばいい。
僕は小説以外の日課をやめ、代わりに”美少女と戯れる”を追加した。
生意気な女天使どもは、以前に比べて大人しくなった。
昔のように無意味に集まることもしていないようだ。
そんなことを考えていると、僕の前にメタトロンが歩いてきた。
「何の用だ」
「ラグエルの伝言を伝えに来ました。『しばらくエデン区を離れるから、会議は僕なしで進めてくれるかい?』だそうで」
どうせまた現界にでも行ったのだろう。
別に奴がいてもいなくても、特に困ることはない。
「そうか。で、お前が帰らないということは、まだ用があるのか」
「大したことではないんですが、ラビエルの様子が気になったので」
僕が美少女にこだわる理由以上にくだらない話の予感がする。
ラビエル、あれは一生相容れない存在だ。
「お前はあれか? 好きな女子の悪口を言う男子か?」
「いいえ。ただ最近、やけにラビエルの機嫌が良いなと思ったんです。まるでルシフェルが生きていた頃みたいな……いやそれは言いすぎか」
ラビエルは今ロワイヤルの監視役をしている。
ルシフェルの死から長い年月が経った。
僕への恨みを忘れただけだろう。
むしろ、ようやく忘れたのかと思う。
すると、僕の部屋の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのはレミエルだった。
「おいおいおいおい、監視役はどうした? ふへっ、レミたんはアイドルだけではなく監視役もまともにできないのか?」
「は? ブタ以下。死刑。って言いたいけどそれどころじゃない」
レミエルは真剣な眼差しで僕を見据えた。
「さっきからラビエルがいないの。さすがに変だなって思って……一応報告」
「ふっ、ふへはへへっ! まさか悪人に殺されたか? 奴ならあり得ない話ではないな」
僕は思わず爆笑する。
もし悪人に殺されたとしたら無様すぎる。
「調べてみるか」
大天使の能力の一つ、探知を発動する。
「ラビエルはエデン区にいないようだな。あの女はどこに行った?」
エデン区だけではなく、その周囲の区にも範囲を伸ばしてみるが、いない。
これは、ラグエルが現界に行った時と同じ反応だ。
「まさか、現界か?」
「えっ、どういうこと!? 何でラビエルが現界に……」
レミエルが詰め寄ってくる。
僕にとってはそんなことはどうでもいい。
「つまり、ラビエルは監視役を放棄して現界に降りた。そういうことだな?」
口元が歪む。
あの生意気な女をあざ笑ってやろう。
「今すぐ呼び戻せ! 愚かな女を」
***
代わりの監視役をベリアルに任せ、ロワイヤルは続行することにした。
そして、この部屋には監視役のレミエルとベリアル、ラグエル以外の上級天使が集められた。
「ラビエルを拘束しろ」
僕はラビエルの一番近くにいた天使たちに、拘束を命じる。
ラビエルが一切抵抗していないので、他の天使は躊躇っているように見える。
「おいおいおいおい、掟破りの天使に情けが必要か? 僕の命令に従わないと、お前たちも同じ穴の貉と見なすぞ」
その言葉が効いたのか。
天使たちは渋々ラビエルの腕を後ろに持っていき、縄で縛った。
「どうして」という声も溢していたが。
「なぜ現界に降りた?」
「……」
話すつもりはないらしい。
ラビエルは黙り込んでいる。
まあ、僕はそんなことに興味はないが。
「掟を破った天使がどうなるか、分かっているのだろう?」
「……天使の資格を剥奪される」
「よく分かっているじゃないか」
僕はラビエルから短剣を奪う。
翼と輪が消えて、人間同然の姿になった。
「最後に言うことはあるか?」
「ルーシーは悪人じゃない。絶対に、地獄に送るな」
そのルーシーに関して、僕は暗殺者であること以外の情報は聞いていない。
だがラビエルがそう言うのなら、望み通り地獄に送ってやろう。
地獄で仲良く働けばいい。
記憶を失った状態で、な。
「残念だが、殺人を犯した女を天国に送るわけにはいかない。だが、お前にとっても関係のない話だろう。お前はこれから、その女を忘れるのだからな」
「……え?」
「これからお前の記憶を奪う。お前は悪人として、地獄の奴隷として永遠に働くのだ」
「そんな、堕天使を地獄に送るなんて、しかも記憶を奪うなんて聞いたことない!」
大人しかったラビエルが突然抵抗し始めた。
僕はラビエルの頭を掴んで地面に叩きつけた。
「黙れ。僕が今決めたことだからな。堕天使になった前例がほとんどいないのだから、当たり前だろう。だが、忘れる方がむしろ幸福だ。記憶があったら、かつての部下に殴られるのは苦痛だろう」
「私からルシフェル様を奪っておいて……今度は思い出までも奪うの」
「掟を破った奴が今更何をほざく」
「アザゼル……例え記憶を失っても、私はお前を殺す。記憶を取り戻して、ルシフェル様の仇を討つ」
「ふへはへへっ! やってみろ。記憶を失って、憎悪すらも忘れた悪人の身で何ができる」
僕は右手をラビエルの頭上にかざす。
能力を発動すると同時に、断末魔が部屋に響き渡った。
記憶を失い、気を失うまで、ラビエルは叫んでいた。
抗ったところで、何の意味もないというのに。
「さて、この堕天使は地獄に連れて行け」
「……」
「大人しく僕に従うがいい。ラビエルと同じ目に遭いたくなければな」
天使たちがラビエルを外に運び出す。
ラビエルはいい見せしめになってくれた。
「ラビエルはルシフェル・C・サンレイズという悪人に、天国の情報を流していたようです」
と、下級天使が報告してきた。
今更その名前を聞いたところで、何も思わなくなっていた。
もう”天国の夜想曲”が聴こえることもない。
僕の知っているルシフェルと”ルーシー”は間違いなく別人だ。
だが、ただ一つ思うとしたら。
「……ルシフェル?」
嫌な名前だ。
<END>