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NOVEL

Heaven's Royale -side Angels-​ 4/4

 女天使たちが広間に集まっているようだが、私は行く気もなく部屋にいた。
ルシフェルの死によって、私の頭の中に一つの思い出が浮かんだ。

 

 昨日夜、思い出せなかった記憶。
私の知らない――いや、消されたルシフェル様の記憶だ。

***

 その時の私は、ルシフェルと二人で鍛練場にいた。
私がルシフェルに誘われたのは、あの時が初めてではなかったということだ。
翼を使わず、短剣だけで戦う方法を教えてもらった。


「俺は、天使の死後にすごく興味がある。現界の死者がここに来るなら、その逆はどうなんだろう。
 ひょっとしたら、天使が人間に生まれ変わる可能性もあるかもしれない。でもそれを知るには、自分が死ぬしかない」
「そう、ですか」


 私は驚かなかった。
ルシフェルが死に興味を持っていることは、この時既に知っていた。
それでも、憧れた。
圧倒的な強さに、個性的な天使たちをまとめるカリスマ性に。
私だけに、望みを打ち明けてくれることに。


「大天使になった以上、いつかは死ぬだろうね。この天国を自由にできる権力や、大天使の力を欲しがる天使は必ずいる。アザゼルがそうだ。だが、彼には戦略性がない。いつも翼を使わず武器を振り回すだけだ。
 どうせ殺されるなら、綿密な戦略を立てて挑んでくるような相手がいい。そういう者の方が、大天使に向いているだろう」
「なら、私は大天使になれませんね。私には……ルシフェル様を殺すなんて絶対にできませんから」
「確かに、君の優しさは大天使に向いていないかもしれない。でも、そんな君だからこそ、頼みたいことがあるんだ」
「はっ、はい、何でしょう」


 私は姿勢を正して、固唾を呑む。


「もし、近い未来。俺が死んだら……俺の生まれ変わりが存在するか、確かめてほしい」
「ルシフェル様の、生まれ変わりですか?」


 想定外の質問に、私は素っ頓狂な声をあげた。
だがルシフェルの表情は至って真剣だった。


「そう。どんな人間になると思う?」
「……強い、人間でしょうか? もし女の子だったら、面白いですね」
「強い女の子か。それは面白い。いい友達になってやってくれ」
「でも、生まれ変わりにはルシフェル様の記憶がないですよね」
「そうだな。例え生まれ変わっても、記憶を失っているから無理だな。
 変な話をしてすまなかった。この話は忘れてくれ。ああ、忘れさせればいいのか」

 

 ルシフェルは私に手をかざす。
そうして、私に好きになったきっかけを忘れさせた。
好き、という感情を残したまま――。

***

 扉をノックする音が聞こえる。
振り返るとレミエルがいた。


「ラビエル。アザゼルを倒して、大天使になる気はない?」
「……え」
「ルシフェル様の仇を討って、大天使になってよ。ラビエルなら、できると思う」


 そんなことを言われても、何もする気が起きない。
もう、ルシフェルはいないのだから。


「レミエルは、私に何をさせたいの」
「……もういい」


 レミエルは不満そうな顔をして部屋を出た。
ルシフェルがいなくなった今、私はどうすればいいのだろう。
ただ一つ分かるのは、今の私ではアザゼルを殺せないということだ。

***

 アザゼルが大天使になってからの城はひどい有様だった。
アザゼルは部屋に女の下級天使を連れ込み、まともに大天使の責務を果たそうとしない。
ヘブンズ・ロワイヤルは欠陥だらけのまま、開催された。
天使たち、特に女天使はレミエルを中心に変わっていった。


「レミー。ライブ、大成功だったらしいじゃん。応援してるから、頑張って」
「アル姉はいいよね。遊んでても何も言われないし」
「え……?」
「自由時間を全部練習に費やして、嫌いなキャラを演じて、やっと人気が出たっていうのにさ。なーにがらぶりぃよ! あのブタども! レミたんレミたんうるさいしキモいっつーの!
 でもやめたら堕天使にされるし、やるなら中途半端にしたくないし。あーもうやだ! いつか大天使になって、全部変えてやる。こんなふざけた天国……」


 レミエルの剣幕に、アルメンは唖然としていた。


「大天使って……」
「決まってるでしょ。アザゼルをぶっ殺して、あたしが大天使になって、天国を支配するんだ。そうすればこんなことしなくていいし、ロワイヤルもなくせる。
 ラビエルは廃人同然であてにならないし、アル姉も逆らう気はないんでしょ? だったら、もうあたしがやるしかないの」
「レミー……」


 レミエルはアイドルとして活動し始めたが、城では罵詈雑言を繰り返している。
あれだけ天使を遊びに誘っていたアルメンも大人しくなった。
女使会が開かれることもなくなった。

 

***

「紳士くん、何観てるんだい?」


 ラグエルが飴をくわえたまま話しかける。
ベリアルは熱心にテレビを観ていた。


「現界の番組ですよ。悪人の犯罪を再現しているのですが、面白いですよ」
「ふーん。それって悲劇?」
「ラグさんの言う悲劇かどうかは分かりませんが、今回は詐欺師ノクターン・J・クラウンの特集のようですね」
「へえ。現界のニュースもノクターンの脱獄で持ちきりだったよ。現界の時間が経つのって早いよね。捕まったの、つい最近じゃなかったかな」
「脱獄……さぞかし卑怯な手を使ったのでしょう」

 

 テレビには目つきの悪い男の似顔絵が映っている。
この時、ノクターンの顔を覚えておかなかったことを、私はのちに後悔することになる。


「次捕まったら死刑だろうし、死んだら地獄確定だね。迷うまでもないよ」
「そうですね。地獄に来たら、ぜひ会って話をしてみたいものです。最も私は門番なので、悪人と話すことはできませんが」
「ノッくんの人生、かなり面白いよね。転落人生っていうのかな。あれはなかなかの悲劇だよ。もし死んでここに来るのなら、僕もちょっと気になるなぁ」


 男天使たちに、変化はあまりない。
ベリアルは変わらず仕事に励んでいる。
ラグエルは元々現界にいることが多いので、多少サボる時間が延びても気にならなかった。

 私は全てにやりがいを見いだせなくなっていた。
心に穴が開いてしまった気分だった。

 私が見出だした目的は、アザゼルに対する復讐だけだった。
ルシフェルが望まないことだとは分かっていたが、それしか浮かばなかった。
しかしアザゼルと私の間には明確な実力差がある。
一度でも失敗すれば、私は武器を奪われ堕天使にされてしまうだろう。
上級天使に未練はないが、地獄に送られると仇を討つのが難しくなる。

 

 いっそ記憶を消されたらいいのに。
そう思ったが、ルシフェルのことだけは忘れたくない。
アザゼルも、私の反応を嘲笑うために記憶を残している。


 アザゼルが生きていることはどうしても許せなかった。
私は少しでも実力差を埋めるために、ひたすら鍛練を続けた。
ルシフェルを失った私には、それしかすることがなかった。


 そうして、時間だけが過ぎていく。
私は鍛練と仕事だけを繰り返し、堕落したアザゼルが弱くなっていくのを待った。
私の実力が上回ったと確信できるまで。
時間感覚などとうに狂ってしまったが、現界では10年以上の時が過ぎ去っていた。

***

 ある日、私が現界を見ていた時に見つけた人間は、奇しくも同じ名前を持っていた。
ルシフェル・C・サンレイズは、私の知るルシフェルと違って、女の子だった。
それだけなら、特に気にすることはなかった。
だが、気のせいか。
彼女は、どこか似ていた。
私を惹きつけるには、それで十分だった。

 ルーシーは他の人間たちとは違い、明らかに異質な人生を歩んでいた。
生まれつき、罪人にならざるを得ない人生。
罪を知らない環境で生まれ育った彼女を、悪人として地獄で働かせていいのか。


 そして、彼女の周りは背徳で溢れている。
艶やかに人を殺す女が、彼女にだけ心を許し、抱きしめている。
優しい彼女は、地獄に送られる人間なのだろうか。
そんなことを考えながら彼女を見ているうちに、会ってみたいと思えるようになった。
もしかしたら、彼女がルシフェルの生まれ変わりの可能性だって、あるかもしれない。

現界に降りるのは掟破りだが、少しくらいならバレないはずだ。

 雲を突き抜けて、現界に降りる。

もう二度と、離さない。
例えこの翼を失ったとしても、私――おれは君を助けてみせる。

 

<END>

Heaven's Royale -side Angels- クレジット

著:豹牙晃
挿絵:夕涼

キャラクターデザイン
アザゼル、ラビエル(ラビ):夕涼
アルメン:豹牙晃
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