NOVEL
Heaven's Royale -Archangel's Desire- 1/6
「1位は、君か。アザゼル」
向けられた視線は、疑惑と驚きが混じっていた。
無駄に広い大天使の部屋に、無駄に多い上級天使が全員集まっている。
そして全ての天使の視線が僕に向いていた。
「好きな仕事を選ぶといい」
このルシフェルとかいうチビは、この上なく相手を苛立たせる顔をしている。
他の天使たちの目が一斉に僕に向けられた。
特にラビエルは僕の勝利を疑っているようで、向かいの席から怪訝そうに見ている。
それを見ていると嘲りの意味で笑みがこぼれた。
「僕は大天使の護衛を」
ラビエルの眉間に皺が寄った。
露骨に不満そうだった。
いいぞ、もっと嫉妬で端整な顔を歪ませろ。
僕はそれが見たい。
「ラビエル、君はどうする?」
「では、審判役を」
内心舌打ちする。
ルシフェルの視線が向いただけで、ラビエルの表情は戻ってしまった。
それどころか嬉しそうにも見える。
本当につまらない奴だ。
「そうか、分かった」
ルシフェル、お前もだ。
お前は早く僕にひれ伏し、僕に殺されろ。
お前が僕の上にいること自体が間違っている。
「3位は私ですか。なら、私は地獄の門番を選びます」
ベリアルは率先して、僕の一番嫌いな仕事を選んだ。
3位ならまだマシな仕事の方が多いのだが、脳筋の思考回路は理解不能だ。
「地獄の門番? それでいいのか」
「はい。脱走しようとする悪人を阻止するのは楽しそうですから」
この筋肉バカは生前とんでもない殺人鬼だったが、僕の次に天使になって今に至る。
当時の天使がほとんど残っていないことを考えると長い付き合いになる。
しかし、未だにこいつの考えていることは読めない。
それより、今ルシフェルと意見が合ったことの方が気にくわないが。
「4位は……」
「ルシファー、現界監視役はまだ残ってるよね。僕は前と同じで、それがいいな」
この悲劇バカは筋肉バカ以上に何を考えているのか分からない。
関わるのも面倒だ。
他の天使たちも各々仕事を選んでいく。
ラビエルにすら勝てない負け犬の処遇など僕にはどうでもいいことだが、レミエルとメタトロンがまだ残っている。
こいつらは賭けた相手が初日でくたばったという、負け犬の中の負け犬だ。
これは楽しめそうだ。
「それと、今回から加わった”天使アイドル”だが……これはレミエル、君に一任する」
「え、天使アイドルって何?」
レミエルは目を見開いている。
大天使の言うことには、お前も従うしかないだろう。
「天国の住民はライブに行けないから、元々リクエストも多かったんだ」
「アイドルって、そんなのいる? 元アイドルの住民か下級天使にでもやらせたらいいじゃん」
ほくそ笑む。
これから負け犬の悔しそうな面が見られると思うと、面白くて仕方ない。
「天国の住民を働かせるわけにはいかないからね。下級も忙しくて手が回らない。だが上級は比較的暇が多く、護衛は2人もいらない。
だからアザゼルの提案で、今回から護衛を減らして上級天使の仕事に追加した」
「アザゼルが提案したの?」
笑いをこらえていると、レミエルが僕を睨む。
「お前にピッタリじゃないか。無駄に着飾るからそうなるのだ」
「それ関係ある? 好きな恰好でいて何が悪いの?」
悪い。
理由は嫌でも目に付くからだ。
「ねえ、ラビエル。あなたもそう思うよね?」
「うーん……確かに自由だけど」
ラビエルに同意を求めたところで無駄だ。
ラビエルは僕の格下で、お前がアイドルをやることは既に決まっている。
負け犬同士で傷の舐め合いなど、醜いにも程がある。
「そうだ。僕がお前のあだ名を広めてやろう」
「別にいらないんだけど」
不服であることを顔に出したいのか、レミエルは口を膨らませる。
この僕の提案を無下にするとは、何様だ。
少しくらい敗者の身分を教えてやるか。
「そうだな、『レミたん』というのはどうだ? ふっ、ふへはへへっ!」
「は? 死刑」
堪えきれず高らかに笑い声をあげる。
レミエルはアイドルとは思えないような凄まじい形相をしている。
こいつがこれからどんな面で客の前に立つのか、楽しみだ。
「あと残った地獄の看守は、メタトロンにやってもらう」
「……はい」
地獄の看守と聞いて、下級時代のことを少し思い出す。
悪人を躾けるだけではなく働く時間も長いという嫌な仕事だが、地獄が陰気臭いという点を除けばそこまで嫌いな仕事ではない。
地獄の場所がこの城のように綺麗だったら、虐げるのも楽しくなりそうだと思う。
「それでロワイヤルの勝者ペティ・O・ベレトだが、天使としての名前はペヌエル。武器は盾になった」
僕は今のペティに関しては興味がない。
盾が武器と聞いて、使いにくそうだと思う程度だ。
そしてこのチビが作った武器を一生使い続けるのがかわいそうだ、と蔑んで終わる。
大天使になると、大きな消耗を代償に天使を生み出す武器を作ることができる。
僕もそのうち同じことをするのだろうが、実際に完成するまでどんな武器になるか分からないというのは面倒な話だ。
「ペヌエルには最初下級天使として地獄の看守になってもらうが、もちろん記憶はない」
話を聞き流していると、もう一度下級時代の情景が浮かんだ。
ミカエルが大天使だった頃は、今よりずっと充実していた。
今はルシフェルが作った武器を持つ天使が蔓延っていて、見ているだけで吐き気がする。
僕の大剣とベリアルの槍、ルシフェルの細剣はミカエルが作ったものだが、それ以外は全て奴のお手製だと言ってもいい。
「アーくん、後でアレ貸してね」
同じく話を聞いていないラグエルが、僕に話しかけてきた。
こいつとはできるだけ関わりたくない。
僕は舌打ちをして無視した。
そういえばラグエルの斧を作ったのは、ミカエルよりもさらに前の大天使だった。
武器はチビのお手製ではないが、こいつは性癖で吐き気を催してくるから厄介だ。
奴がいつから天使になっているのかは本人も覚えていないらしく、僕から見て一番謎が多い天使でもある。
「メタトロン、君が彼に仕事や天国のシステムを教えてやってくれ」
「分かりました」
メタトロンは素直な返事をしているが、表情は暗い。
こいつも考えが読めない不気味な奴だ。
いや、むしろ読める奴の方がいない。
男の上級天使はそういう奴らでないと務まらないのか。
僕は自分がそうだとは思わないが。
「俺からの話は以上だ。明日から新しい仕事に励んでくれ。……では、解散」
ルシフェルが解散と言うより先に、僕は部屋を出た。
今頃、ラビエルが僕の背に殺意を向けているのだろう。
***
僕が階段を降りるだけで、不思議そうに見てくる天使がいる。
他の連中は飛んでいるので階段をまともに降りることはない。
僕は城では翼を使わないようにしている。
武器が重いという理由もあるが、最大の理由は「天使なら翼を使え」とあのチビがしつこく言ってくるからだ。
ここで僕が飛ぶと、奴の言うことを聞いたのだと思われる。
だから僕は飛ばない。
「で、ここが下級天使の部屋だ。まあアニキとか上級と違って、オレらに個室はねーけどな」
メタトロンが城を案内している。
ああ違う、こいつはサンダルフォンか。
本当に紛らわしい。
兄弟揃って天使になって、覚えるのが面倒になった。
弟の方が馬鹿で扱いやすいというのは覚えたが。
「下級にも一応部屋があるんだな。地獄じゃなくてよかったぜ」
サンダルフォンの隣には、見慣れない男天使がいる。
こいつは前回のロワイヤルで勝者になったペティ・O・ベレト、今はペヌエルだったか。
「あっアザゼル! 様!」
サンダルフォンが僕に気づいて大声をあげた。
まるで様付けを忘れていたような態度だ。
こいつはバカだから訂正するのも面倒だが。
「ほら、お前も挨拶しておけって」
サンダルフォンはペヌエルに自己紹介を促す。
「下級天使の、ペヌエルです。よろしくお願いします」
ペヌエルは頭を下げるが、記憶を失っているせいか、振る舞いがペティと大きく違っている。
僕は前回のロワイヤルで、この男にチップを全額賭けた。
そして監視役という立場を利用し、他の参加者に見つからないようにペティを隠したりした。
要するに、この男を勝たせるためのイカサマを仕掛けた。
全ては、大天使護衛役の立場を手に入れるために。
「くだらん奴に堕ちたな。お前はあれか? 突然いい奴になる悪役か?」
と言うと、ペティは首を傾げた。
悪人だった頃は面白い奴だと思ったのだが、今は見る影もない。
下級天使という名の有象無象に成り下がってしまった。
「アザゼルはいつもあんな感じだから気にすんなよ」
サンダルフォンが何か言っているが、僕は気にせずにその場を去る。
二人の声が遠ざかっていく。
彼がペティではない以上、僕は他人だ。
これ以上関わる必要はない。
***
上級天使の部屋が並ぶ廊下まで歩く。
僕の部屋は、廊下を曲がった一番奥にある。
僕には4つの日課がある。
ルシフェルを馬鹿にする、ルシフェルを攻撃する、小説を読む、夜中の鍛練。
この時間、ルシフェルは鍛練をしている。
鍛練中のルシフェルを攻撃したところで、奴の動きが機敏になるだけで意味がない。
やる時は不意討ちしかない。
僕の鍛練は実力を悟られないようにするために、誰もいない夜中にすると決めている。
なので、残された選択肢である小説を今読むことにしよう。
廊下を曲がって、自分の部屋がようやく見えてきた。
だが僕の部屋の前に、嫌な奴が寄りかかっている。
「待ってたよ、アーくん。あれ貸してよ」
げっ、と思わず口にする。
この悲劇バカだけはどうしようもない。
飄々としているので見ていて楽しいわけでもなく、人知れず悲劇を餌に快楽を得ている。
ただただ不気味な奴だ。
「僕、もう我慢できないんだよ……ああ……僕を焦らすなんて、罪な悲劇だね」
「その声はやめろ。お前はあれか? 変態か?」
「人聞きが悪いなぁ。それ、アーくんの”お前はあれかシリーズ”で、一番短いんじゃない?」
ラグエルの言葉を無視して、部屋に入る。
こいつからは一刻も早く離れたいので、目当ての本はすぐ見つかる場所に置いておいた。
「これだろう。さっさと帰れ。ラビエル」
ラグエルに黒い本を押し付けて、扉を閉める。
だが寸前で阻止された。
「ちょっと、いろいろ違うんだけど。これは『テラード姫』じゃなくて『ホラー姫』。僕はラビエルじゃなくてラグエル。あんなのと一緒にしないでくれるかい」
黒い本を押し返される。
ラグエルとラビエル、僕も長く城にいるが未だに紛らわしい。
さらにこの二人の仲が悪いのも覚えにくさに拍車をかけている。
「黙れ。お前たちが似たような名前なのが悪いんだ」
「ホラー姫は悲劇じゃないから嫌いだよ。人間を恨んでいた幽霊が、人間の男と結ばれる? こんなしょうもないハッピーエンド、反吐が出るよ。僕を馬鹿にしてるのかい?」
舌打ちをしてから、『テラード姫』と書かれた青い本を渡す。
僕は『ホラー姫』が好きだから部屋に置いているのだが、こいつにはその良さが理解できないらしい。
『テラード姫』も好きな話だが、こいつとは楽しみ方が違う。
この話は童話でありながら、幸せで溢れていたテラード姫を、希望から絶望に叩き落とすストーリーが秀逸で面白い。
だが僕が好きなのは”妖精の姫を騙す人間の王子”といった個性的な登場人物、独特の台詞回しであって、悲劇そのものではない。
「あ、あぁ……思い出してゾクゾクしてきた……はぁ、たまらない……」
ましてテラード姫の絶望をオカズにするなど正気の沙汰ではない。
昔、暇に餓えていたこの天使に、よりにもよってこの本を貸してしまった自分を唯一憎む。
そのせいで、奴はこんな特殊性癖に目覚めてしまった。
そして執拗に本をせがまれる羽目になった。
ラグエルとは後にも先にも絶対に合わないだろう。
「アーくん、意外と趣味いいよね。こんな媚薬みたいな悲劇を置いてるなんて……」
「帰れ、悲劇バカ」
扉を勢いよく閉める。
ラグエルの声は聞こえなくなった。
「気色悪い奴め。あいつのせいで僕がテラード姫をまともに読めなくなったじゃないか」
僕は担いでいた大剣を壁に立てかけ、読みかけの小説を手に取る。
この『怪盗フレグランスと探偵ローズ』は悲劇ではないので、あの変態の興味をそそることもない。
探偵と怪盗の攻防を描いた話で、僕は探偵派だ。
フレグランスはいけすかない野郎だが、ローズは僕好みの美少女だ。
この生意気さも現実なら腹が立つが、本の中なら許してしまう。
怪盗フレグランスが全てのダイヤモンドを盗むまでにローズが捕まえられるか、という話でこの巻は終わった。
この展開だと最終巻も近いだろう。
もしローズが負けたら作者を真っ二つに斬りたいところだが、作者は現界にいる。
あの悲劇バカのような現界監視役ならできるのかもしれないが、生憎僕は大天使以外に興味はない。
そんなことを考えながら、本を棚に戻す。
「今日はいい鍛練ができました。私の筋肉も喜んでいることでしょう」
部屋の外からベリアルの声が聞こえた。
ベリアルが戻ってきたということは、あのチビも鍛練場から戻っていることだろう。
大剣を手に取り、部屋を出る。
「あ、アザゼルじゃん。どこ行くの?」
通りかかった女天使――アルメンが話しかけてきた。
横には視線を合わせようとしないレミエルがいる。
僕に敵意を向ける生意気な女天使が多い中、アルメンだけは全く態度を変えない。
ある意味異色の天使だが、面白みのない女だ。
「聞いてどうなる?」
「えー、いいじゃん。ケチー」
アルメンは酒瓶を持っていて、レミエルがその腕を引っ張っている。
「アル姉、こんなのと関わらなくていいから」
と言ってから、レミエルは僕に視線を向けた。
「そうそう、ルシフェル様に相談したんだけど、アイドルはやらなくていいってさ」
「何?」
「やっぱりルシフェル様に相談して正解だったね。じゃ、バイバーイ」
またチビが僕の思惑を妨害したようだ。
これで殺す理由が増えた。
これから女天使どもは集まって、いつものように菓子と酒盛りでもするつもりなのだろう。
全くもってくだらない。