
NOVEL
Heaven's Royale -Archangel's Desire- 4/6
ガラスが割れた音に気づいたのか。
最初に部屋に入ってきたアルメンが呼んだのか。
次第に上級天使たちがこの部屋に集まってきた。
ベリアルとレミエルがほとんど同時に来て、少し遅れてラビエルが入ってきた。
僕の足元には、翼を失い、銅に剣が刺さったルシフェルがいる。
思った通り、全員驚愕で顔が歪んでいる。
「アザゼル……これ、どういうこと」
レミエルが震えた声で聞いてくる。
この僕を呼び捨てなどいい度胸だ。
「様が抜けているぞ。間抜けめ。見ればわかるだろう。今日から僕が大天使だ」
「は? 大天使?」
「僕はこの剣を奪い、ルシフェルを殺した。これが証拠だ」
ルシフェルに刺さった剣を抜く。
ルシフェルの体と、細剣が同時に光に包まれる。
「……っ!」
ラビエルの表情がさらに歪んだ。
今まで見たことがない程、憎悪が滲んだ顔をしている。
「武器を奪うのに悪人の男を犠牲にしたが、クズも僕の役に立てて本望だろう。殺した奴の番号は知らないが、メタトロンにでも伝えておけ。いなくなったクズの番号ぐらい覚えているだろう」
「まさか、昨日悪人の数が足りなかったのは、貴方が?」
ベリアルも取り乱している。
そこまで驚くことか。
ベリアルにとっては、大天使の死が初めてではない。
僕は毎日ルシフェルを攻撃していた。
お前なら、いつかは訪れると分かっていただろう。
「記憶の操作も、武器の生成もできるようになった。僕がルシフェルに代わって天国を支配する。僕の命令は絶対だ」
武器を作ってみせようとしたが、向かいに立っていたラビエルが短剣を抜いたのでやめた。
「ふざけるなっ! お前、お前……ルシフェル様を……よくも!」
ラビエルは僕に向かって急降下してきた。
さて、圧倒的な力の差を見せつけて、こいつがひれ伏す姿を拝むとしよう。
だがその前にベリアルが立ちふさがり、槍の柄でラビエルを止めた。
「ベリアル! どうして止めるの!?」
「貴方こそ、なぜそのような真似をするのです。大天使は最も強い天使がなる。それが掟です。知っているでしょう」
ベリアルは落ち着いているが、動きは普段より鈍い気がする。
迷うなら邪魔をするな。
僕は守れとも止めろとも頼んだ覚えはない。
「でもこいつは卑怯な手で……!」
「ええ、確かに卑怯は許しがたいことです」
「だったらどいて!」
ラビエルの金切り声が耳に響く。
ベリアルは僕を卑怯だと思いながら、止めたのか。
理解できない。
「ですが、ここで争ったところでルシフェルが生き返るわけではありません。ただでさえ少ない天使を、ここで減らしてどうするつもりですか」
ベリアルの槍には迷いが見られる。
だがラビエルの方が明らかに正気を失っていて、全く刃を届かせられていない。
「貴方が天使になる前、ルシフェルは先代のミカエルを倒して大天使になりました。手段は少し違っていましたが、ルシフェルもミカエルの武器を奪い、殺しました。あの時の状況は、今とよく似ています」
僕は目を逸らし、歯ぎしりをした。
なぜそこでその話をする。
僕が一番嫌いな光景と、僕がしたことを同じにするな。
「そんなこと関係ない! アザゼルは大天使ルシフェル様を殺した大罪人だ! だから私が……」
眉をひそめる。
大罪人だと?
それは大天使に歯向かったお前も、大天使を殺したルシフェルも同じだろう。
「ルシフェルはアザゼル”様”に倒された。大天使の能力も、アザゼル様に引き継がれた。ならば、今の大天使はアザゼル様です。そこに何の違いもないでしょう」
これ以上変な戯言を言うなら黙らせようかと思ったが、どうやら一番状況を理解しているのはベリアルらしい。
僕は大剣に向かっていた手を玉座に戻し、頬杖をついた。
「っ!」
息を呑むと共に、ラビエルが武器を降ろした。
長い時間がかかったがやっと気づいたようだ。
僕が何も間違っていないということに。
「おいおいおいおい。ベリアル、お前はいつから護衛役になった? 僕に側近など必要ない。僕は最強の天使だ。必要なのは美少女だけでいい」
ようやく静かになったので、僕はベリアルに口を出す。
その言葉を聞いたベリアルの額には汗が浮かんでいた。
ラビエルは俯いていて、もう襲ってくる気配はない。
「大天使の命令は絶対だ。今すぐ美少女を用意しろ」
そう言うと、堪忍袋の緒が切れたのか。
「信じらんない! そんなことをするために、ルシフェル様を殺したの!?」
今度はレミエルが悲鳴に似た叫び声をあげた。
「僕が大天使になる理由など、何でもいいだろう」
話すつもりもない。
僕の高尚な志は、この下賤な女どもに理解できるはずがない。
「お前はアイドルをやるのだろう? だったらこんなところで油を売っていないで、新曲でも作ったらどうだ? 仕事をしない天使は掟破りとして、堕天使にするぞ」
「はあっ? アイドルはやらなくていいって……」
鼻で笑う。
それを決めたチビは、もうこの天国にはいないというのに。
「それを決めたのは誰だ? まさか、ここで無様に死んだ奴か? ふっ、ふへはへへっ! はへへへっ!」
笑いすぎて既に声が枯れているが、堪えられずに笑う。
本当に無様で、愉快だ。
大天使が、これ程までに愉悦を味わえるとは思わなかった。
「ぶっ殺す!」
案の定、レミエルが4本の矢を同時に放つ。
攻撃が来ることは分かっていた。
僕はすぐに大剣を振り、全ての矢を叩き落とす。
矢は地面に落ちて消えた。
「次は……」
性懲りもなく矢が現れるが、番える前に止められる。
「レミー! やめなっ!」
「っ!」
矢はアルメンの手に刺さる形で止まっていた。
「アル姉……何やってるの」
アルメンへの罪悪感は、レミエルの殺意を忘れさせるには十分だったようだ。
レミエルの意識はもう僕に向いていない。
アルメンの腕にしか向いていない。
「確かにムカつくけど、ここで戦っても何の意味もない。アザゼルより強い天使はいないし、ベリアルも味方してる。そんな状態で戦って、あたしたちが堕天使にされたらどうするんだよ」
僕より強い天使がいないのは正解だ。
だが僕は歯向かう奴らをすぐ堕天使にする程短気ではない。
今は、まだな。
「でも!」
「上級が2人も減ったら、悪人の反乱だって招きかねない。ルシフェル様も言ってたでしょ」
矢が消える。
レミエルは膝から崩れ落ち、俯く。
涙が零れ、床に水滴を残した。
結局最後に影響するのはチビの言葉か。
ラグエルの言葉を借りるなら、全然面白くない悲劇だ。
「おい、ラビエル。お前は審判役に戻れ。次歯向かったら堕天使にしてやる」
興が削がれたので、とりあえずラビエルを見下して帰らせる。
「……っ」
ラビエルは見るからに悔しそうな形相で部屋を出る。
それと入れ替わるように、ラグエルが入ってきた。
「ルシファー、明日現界に行くから許可くれない?」
そう言ってから異変に気づいたのか、ラグエルは何度も周囲を見渡している。
これだけ騒ぎがあって、まだ気づいていないのか。
「……あれ、ルシファーは?」
「奴は死んだ。今日から僕が大天使だ」
「えっ? アーくん、もう殺したのかい? そんな、僕がもっと早く戻れば……」
ラグエルは大して驚いていない。
それどころか、悲劇が見られなかったことに対して落ち込んでいる。
大天使の死を経験しすぎて、感覚がずれているようだ。
「あと、お前は別に帰ってこなくていい。僕はルシフェルのように現界の報告をしろとは言わない。許可もいらない。今後は好きなだけ現界にいてもいいぞ。ラビエル」
そう言えば、こいつは喜んで現界に行くだろう。
こいつの変態趣味は気色悪いので、現界にいてくれる方がいい。
「それは嬉しいんだけど……アーくん、また僕とラビエルを間違えたね」
何を言うのかと思えば、そんなどうでもいいことか。
「知るか。さっさと現界に帰れ」
「えー、昨日帰ってきたばっかりなんだけどなぁ」
いつもどおりの気怠そうな声に虫酸が走る。
天使の死に慣れているのか、この男だけは普段と全く変わらなかった。
「じゃあ部屋に戻ろうかな。ラビエル、君もそこにつっ立ってないで、仕事に戻りなよ」
ラグエルがラビエルの肩を叩こうとしたが、振り払われている。
「ふーん。そういうことするんだ。まあどうでもいいけど。それより今は悲劇が読みたい気分」
「それよりって何? もしかして、お前が……」
「ちょっと、まさか僕を疑ってるのかい?」
部屋の外でラグエルとラビエルが揉めている。
特に興味も湧かなかったので、会話を聞こうともしなかった。
「アル姉、その傷……」
「あたしのことは気にしなくていいよ。すぐ治るから」
レミエルはまだアルメンの傷を心配しているようだ。
この天国ならすぐ治るというのに、過剰な心配をしている。
「それよりラビエルが心配だよ。正直ラグエルのせいでひやひやした。あいつほんと何するか分かんないし」
ラグエルが何をするか分からない、だけは同意する。
「とりあえず、上級みんなで話をしよう。下級にこのことが漏れるのも時間の問題だ。このままじゃ、仕事なんてできるわけない」
なぜお前が偉そうに仕切っている。
それは僕の役目だろう。
まあ、面倒なので勝手にしろという気持ちも半分ある。
「レミーは部屋でしばらく休んでなよ。あたしが全部やっておくから」
「……うん」
レミエルは俯いたまま立ち上がり、よろよろ歩いて廊下に出た。
部屋にはベリアルと腕の止血をしているアルメンが残っている。
「これで、良かったのですか」
場が静まった時、ベリアルが視線を逸らして言ってきた。
「何?」
「ルシフェルを卑怯な手段で殺したのは、私も擁護しがたい行為です。でもそれは先代にも言えること。私に文句を言う筋合いはありません」
文句を言う筋合いがないのなら、黙って従えばいいものを。
「しかし、ラビエルとレミエルを敵に回すような発言は、とても合理的とは思えません」
それがどうした。
合理的である必要がどこにある。
ラビエルとレミエルを味方につける必要がどこにある。
僕は最強の天使だ。
下僕すらにならない味方など必要ない。
「何だ? お前も僕に歯向かうのか?」
「いえ、天使となった以上、この身は常に大天使に捧げられています。貴方に大天使の力が与えられたのは、紛れもなく貴方が最強である証明。ならば、私は貴方に従うのみです。アザゼル様」
「そうか。まあ、僕に適う天使など存在しないがな」
不満はあるようだが、こいつは自分の立場をわきまえている。
僕に忠誠を誓っているのなら、問題はない。
「それに、借りはまだ返していません。ですから、貴方が大天使である限り、私が逆らうことはないと誓いましょう」
「借り?」
頭の中の記憶を遡る。
僕がいつ、こいつに借りを作っただろうか。
「……そろそろ悪人の朝食時間なので、見張りに戻らないといけませんね。失礼します」
それ以上は答えず、ベリアルは去っていった。
まあ僕にとって悪いことに繋がらないのなら、勝手に借りを作っておけばいい。
「借り? 借りって何……?」
アルメンはベリアルを追いかけるように部屋を出ていった。
再び一人になった。
大天使になれば全員がひれ伏すものだと思っていたが、周囲の態度はあまり変わらない。
そのせいか大天使になった実感は思ったより湧かない。
そういえば、あのチビは大天使になってからベールのようなものを被っていたか。
チビの真似はしたくないが、装いを変えてみるのは悪くない。
特にすることもないので、自分のフードに手を伸ばし、被ってみる。
誰が見ても、僕が大天使だと分かるように。