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NOVEL

Heaven's Royale -side Angels-​ 1/4

 天国で開催された、バトル・ロワイヤル。
働かない悪人を減らすと同時に、地獄での労働意欲を上げる。
そして上級天使たちはどの悪人が勝つか、賭ける。
上級天使はこれによって仕事が決まる。
それが、大天使ルシフェルが考案した、”ヘブンズ・ロワイヤル”だった。

 他の天使たちは悪人を調べたりして勝つことに必死になっていた。
だが、私は賭け事にはあまり興味がなかった。
地獄の仕事以外なら何でもよかった。
ルシフェルの近くで一緒に仕事ができれば、それでよかった。
そんな私が適当に賭けた男はなぜか勝ち上がり、最終的な結果は2位だった。


「1位は、君か。アザゼル」


 ルシフェルの声は、少し驚いているように聞こえた。


「好きな仕事を選ぶといい」


 この大天使の部屋にはルシフェルと上級天使、合わせて10人が集められている。
上位の上級天使は、好きな仕事を選ぶことができる。
これもルシフェルが決めたことなので、異論はない。
だが、アザゼルが1位になったのはどこか怪しいような気がする。

 

「僕は大天使の護衛を」
 

 怠慢なアザゼルがルシフェルの側近を選んだのは予想外だった。
別にこのポンコツ天使のことはどうでもいい。
だがルシフェルの一番近くをアザゼルに取られたのは少し腹が立つ。


「ラビエル、君はどうする?」


 ルシフェルの視線が私を向く。
それだけで少し緊張した。


「では、審判役を」
「そうか、分かった」

 

 私は、死者を善人か悪人か振り分ける仕事を選んだ。
理由は、側近の次に城にいられる時間が長いからだ。


「3位は私ですか。なら、私は地獄の門番を選びます」
 

 ベリアルは堂々と、誰も望まない仕事を選んだ。
 

「地獄の門番? それでいいのか」
「はい。脱走しようとする悪人を阻止するのは楽しそうですから」

 

 せっかく3位になれたというのに、ベリアルはなぜ門番を選んだのだろう。
以前から天国の住民より悪人を見ていたいと言っていたが、そこまで悪人好きだとは思わなかった。


「4位は……」
「ルシファー、現界監視役はまだ残ってるよね。僕は前と同じで、それがいいな」

 

 そう言うラグエルは一人で柱に寄りかかっている。
この男は唯一ルシフェルよりも古株の天使で、大天使をあだ名で呼ぶ。
ルシフェルもラグエルに対しては少し甘いところがある。
それを見る度に複雑な気分になる。


 他の天使たちも各々仕事を選んでいく。
残ったのはレミエルとメタトロンだ。


「それと、今回から加わった”天使アイドル”だが……これはレミエル、君に一任する」
「え、天使アイドルって何?」
 と、レミエルは素っ頓狂な声をあげた。


「天国の住民はライブに行けないから、元々リクエストも多かったんだ」
「アイドルって、そんなのいる? 元アイドルの住民か下級天使にでもやらせたらいいじゃん」

 

 レミエルが唇を尖らせる。
 

「天国の住民を働かせるわけにはいかないからね。下級も忙しくて手が回らない。だが上級は比較的暇が多く、護衛は2人もいらない。
 だからアザゼルの提案で、今回から護衛を減らして上級天使の仕事に追加した」
「アザゼルが提案したの?」

 

 アザゼルは笑いをこらえている。

図星で間違いなさそうだ。


「お前にピッタリじゃないか。無駄に着飾るからそうなるのだ」
「それ関係ある? 好きな恰好でいて何が悪いの?」
「ねえ、ラビエル。あなたもそう思うよね?」


 唐突に、私に視線が向けられた。
 

「うーん……確かに自由だけど」
 

 私が考えていると、アザゼルはにやりと笑った。
 

「そうだ。僕がお前のあだ名を広めてやろう」
「別にいらないんだけど」
「そうだな、『レミたん』というのはどうだ? ふっ、ふへはへへっ!」
「は? 死刑」

 

 相変わらずの笑い声をあげるアザゼルを、レミエルは凄まじい形相で睨んでいる。
彼女がアイドルになって大丈夫なのだろうか。

 

「あと残った地獄の看守は、メタトロンにやってもらう」
「……はい」

 

 地獄の看守はほとんどが下級天使で成り立っている。
しかし下級だけでは心もとないという理由で、上級が置かれている。
悪人を躾けるだけではなく働く時間も長いので、誰も望まない仕事だ。

 

「それでロワイヤルの勝者ペティ・O・ベレトだが、天使としての名前はペヌエル。武器は盾になった」
 

 守るはずの盾が武器というのも変な話だが、さらに特殊な武器を持っている天使もいる。
むしろ盾が普通に感じる程だ。
大天使ですら、実際に完成するまでどんな武器になるか分からないらしい。
自分の武器は何の変哲もない短剣だが、ルシフェルが作ったというだけでこの武器は唯一無二の宝物だ。

 

「ペヌエルには最初下級天使として地獄の看守になってもらうが、もちろん記憶はない。メタトロン、君が彼に仕事や天国のシステムを教えてやってくれ」
「分かりました」

 

 メタトロンは不服そうで、目を伏せたまま返事をした。


「俺からの話は以上だ。明日から新しい仕事に励んでくれ。では、解散」

 

***


 この城は変わっている。
中世的なデザインだが、中にはテレビやゲームなど現界の文明を取り入れている。
どういう原理で文明がここに来るのかは、誰も知らない。
天使になった時から、あって当然のシステムだったからだ。


 私は城の廊下を飛び、奥の穴から鍛練場に下りる。
天使たちに階段は必要なく、地下に行くための穴さえあれば移動は自由自在だ。
この鍛練場には無駄なものは一切なく、あるのは人間の形をした板だけだ。


 ここでは天使たちが日々鍛練に励んでいる――わけではない。
仕事を終えた天使のほとんどは、酒や賭け事に耽っている。
ここが多くの天使に使われるのは、上級天使を決める儀式の前日だけだ。


 天使が戦闘能力を得る理由は、悪人を圧倒的な力で支配するためらしい。
だが地獄ができてからは反乱も減り、今では上級であり続けるために戦闘能力を得ているようなものだ。


 今日はいつもと同じで、細剣を手に乱舞する、一人の天使の姿がある。
そしてそれを見るためだけに、私はここに来た。
この無駄のない剣さばきに魅了され、私はこの方に憧れた。


「ん?」


 ルシフェルは私に気づいて、私の前に飛んできた。
今まで何度も見ていたが、見つかったのは初めてだった。


「もしかして、ずっと見ていたのか?」
「すみません、どうやったらルシフェル様みたいに強くなれるかと思って……邪魔だったら、上に戻ります」
「……なら、一緒にするか?」
「えっ……」


 思わず紅潮する。
嬉しくて、すぐに返事をしようとした時。


「ラビエル、ここにいたのですか」


 後ろからやってきたベリアルに、私は落胆した。


「えっ、何か用?」
「いえ、筋肉を持て余していたので、手合わせを申し込もうかと思いまして」

 

 ベリアルは私とルシフェルを交互に見る。
勘の良い相手なら、このまま雰囲気を察して去ってくれるだろう。
と思ったが、このベリアルが空気を読むとは思えない。


「ルシフェル様と鍛練をしていたのですね。私も混ざってよろしいでしょうか?」
 

 内心ため息をついた。
こうなることは、ベリアルが来た時点で分かっていたのだが。


「ああ、分かった。俺は少し休むから、二人で戦うといい」


 結局、私はルシフェルが見ている前でベリアルと手合わせをする羽目になった。
見られていると思うと恥ずかしい。
良いところだったのに、水を差すな。
そんな私の邪な心が籠っていたらしく、ベリアルは途中から防戦一方になっていた。

 

「はははっ、貴方には敵いませんね。もっと鍛えて出直してきます。その時はまた相手になってください」


 ベリアルがやっと降参して、私は我に返った。
横を見ると、ルシフェルの姿は既になかった。
ルシフェルは元々一人でいることを好む。
だから一人でいつも鍛練していた。
なら、今日はどうして私を誘ったのだろう。


「ルシフェル様を探しているのですか? ルシフェル様なら、レミエルと話をすると仰っていましたよ」


 辺りを見回していると、ベリアルに諭された。


「あ、そうなんだ……」


 戦闘に夢中で、気づかなかった。
我ながら情けない。


「レミエルはどこにいるか知ってる?」
「私が見た限り、城からは出ていません。突然アイドルになれと言われて、困惑しているのでしょうね」


 覗き見なんて真似はできればもうしたくない。
次はちゃんと正面から、頼もう。

 

 この場を去ろうとしたが、足元に何かが落ちていることに気がついた。
地面に足をつけて、しゃがんで拾い上げる。
何かは分からないが、短いベルトのようなものだった。


「ねえ、これってベリアルの?」
「いえ、私のものではないですね。昨日はなかったものですし、おそらくルシフェル様かと。私が届けてきましょうか?」
「いっ、いや、いいよ。私が届けるから」


 私はベリアルに軽く礼を言って、鍛練場を出た。

特にすることもないので、私は城の1階でもう一度ルシフェルを探した。
覗き見をしてしまったことや、一緒に鍛練がしたいことも伝えたいと思った。


「やっぱり、アイドルは天使の仕事じゃないって思うんです」


 レミエルの声が聞こえた。
思わず声のした方を見ると、空き部屋にレミエルとルシフェルの姿がある。
また覗き見をしてしまう自分に辟易しながら、私は耳を澄ませていた。

 

「確かに、そうかもしれないな。ロワイヤルで負けたとはいえ、君の気持ちも考えず、軽率に頼んですまなかった。
 アイドルの件は保留にするよ。明日の朝上級を集めて話をしよう」
「あ、ありがとうございます。ルシフェル様」
「だから君はメタトロンと共に地獄の看守に就いてくれ」
「えー、地獄の看守……」

 

 レミエルの声色が低くなった。
ここからでは見えないが、相当嫌そうな顔をしていることだろう。

 

「これも天使にしかできない仕事だ。君はロワイヤルに負けたんだ。看守ができないならアイドルをやってもらうしかないな」
「う……」
「明日の朝、どうするか聞かせてくれ」

 

 ルシフェルが扉に近づいてきたので、私はとっさに翼を使って奥の柱に移動する。
気づかれなかったらしく、ルシフェルはそのまま部屋を出ていった。

「こらこら、盗み聞きはよくないぞー?」


 背後から肩を強く叩かれた。
声で相手は分かっているが、振り返る。
髪を右上でまとめた長身の女天使――アルメンは重いメイスを軽々と肩に担いでいる。
戦闘好きな彼女が、この前レミエルに負けたというのは未だに信じられない。

 

「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど、つい……」
「はいはい、でも覗き見はそこまで。続きは今日の女使会で、いいね?」
「えっ、また女使会?」


 女使会は女天使だけのお茶会の略称だ。
現界で流行った”女子会”からレミエルが影響を受けたらしい。


「だって明日から新しい仕事になるわけだし、みんないろいろ話すことあるじゃん?」
「でもつい最近やった気がするけど……」
「細かいことは気にしない!」


 アルメンは私の背中をばしばし叩きながら豪快に笑った。

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「みんなオシャレなお菓子を用意しようって言ってたよ。何だっけ、あれ。マカロニ?」
「マカロニ?」
「んー、忘れた。まあいいや! じゃあ、今日の夜にね。あたしは酒買ってこないといけないからさ」


 アルメンは私の背中をもう一度叩いてから、窓から外に飛び去った。
私はルシフェルを追いかけようとしたが、レミエルとメタトロンが廊下を塞ぐように立っている。


「あー賭け事ってほんと嫌い」
「負けるからか?」
「メタトロンも負けたじゃん。いつか大天使になって、こんなロワイヤルなんかなくしてやる」

 

 少し待てば自分に気づいて道を開けてくれるだろう。
そう思ったが、なかなか気づいてもらえない。


「確かにロワイヤルは必要ない。だが貴様では不可能だな。
 貴様の上にはベリアルやラビエル、アザゼル、そしてルシフェル様がいる。大天使になるには、少なくともこの面子を超えないといけない」
「上じゃないし。同じぐらいでしょ? ルシフェル様とラビエルに負けるのは認めるけど」
「認めるのか。その時点で貴様は力不足だと認めたようなものだな」
「ルシフェル様は別格だよ。ラビエルに関しては、同じ女天使としてすごいって思ってるだけ。
それに、大天使になるのはあたしじゃなくてラビエルでもいい。ラビエルは賭け事に興味はないし、変えてくれそうな気がする」


 レミエルは傍に私がいることに気づかず、私の話をしている。
変に期待されているようだが、私は大天使になるつもりはない。
大天使はルシフェル以外にありえないからだ。


「いや、余程のことがない限り、次の大天使はアザゼルだろうな。ラビエルは女天使の中なら最強だが、アザゼルには及ばない」


 だが、アザゼルより劣ると言われているのが悔しい。
私はより強くなって、ルシフェルの側近になってアザゼルを倒せるようにならなければ。


「アザゼルは強いけど口だけ大きいポンコツだよ。大天使になる器じゃないと思うけどなぁ。
 ていうか前から思ってたけど、メタトロンってアザゼルの影響受けてるよね」
「……何?」
「喋り方。下級の時はそんな感じじゃなかったじゃん。最近上級天使になってから明らかに意識してるでしょ。悪人を必要以上に殴ってるんだって?」


 レミエルの言う通りだ。
確かに、メタトロンも最初はサンダルフォンと変わらない程幼い印象だった。
いつのまにか、自他共に厳しい性格になっていた気がする。


「言うことを聞かないクズには制裁が必要だろう?」
「まあ、悪人だし別にどうでもいいけどさ。アザゼルのいいところなんて、逆にある?」
「アザゼルの強さは上級の中でも圧倒的だ。ルシフェル様を凌ぐ日も近いだろう」


 それはありえない、と否定する。
アザゼルにそんな実力はない。


「明らかに格上の相手に挑む姿は、なかなか興味深い。あの変な高笑いだけは解せないがな」
「それだけは同感。……あれ? ラビエル、どうしたの? あ、ごめん。邪魔だったね」


 ようやく気づいてもらえた。
何も言わなくてもレミエルは勝手に察したらしく、道を開けてくれた。
アルメンに咎められたばかりなのに、盗み聞きをしたような気分になった。

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