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NOVEL

Heaven's Royale -side Angels-​ 2/4

 尾行までして、本当に私は何をしているのだろう。
ルシフェルは先程上級天使が集まっていた場所――大天使の部屋にいる。
私は落とし物を渡すだけなのに、こんなにも緊張してしまう。


 しかし中を見ると、既に先客がいた。
二人は私に気づいていない。
視線を向けることもない。


「ちょうどよかった。アザゼル。今回のロワイヤルに関して、君の意見を聞きたい」


 アザゼルはしばらく考え込む。
それから、
「……あれ? ルシフェル様? どこですか?」
 と言いながら額に手をあてて、ルシフェルの頭上を見渡し始めた。

 

「殺すぞ」


 ルシフェルは静かに睨みつける。


「おやおや、そこにおられましたかー。すみませんねぇ、見えませんでした。小さすぎて」
「……節穴め」


 ルシフェルと同時に、私もアザゼルの後ろ姿を睨みつける。
意味がないことだとは分かっているが、そうしてしまった。


「それで、今回のロワイヤルの勝者ペティだが、少し気になることがある。ロワイヤルの監視役は、ベリアルと君だったな」
「それが何か?」
「ベリアルに聞くと、ペティはロワイヤル中ほとんど隠れていたらしい。今回の参加者は元軍人や殺人鬼が多かったが、彼の生前は窃盗犯だ。戦闘能力は皆無に等しい。
 そんな彼がどうして勝ち残ったのか? 俺はそれがとても不思議だ」


 アザゼルは鼻で笑った。


「ギャンブルに番狂わせやイレギュラーは付き物でしょう。ルシフェル様はあれですか? 肩書きでしか評価できない無能ですか?」
「ああ、君が彼にチップを全額賭けた理由は聞かないでおくよ」
「……ちっ」

 

 にやけていたアザゼルの表情が、苦虫を噛み潰したような表情に一変した。


「驚いたよ。君は意外と博才があるんだね。他の天使が数人に絞って賭けている中、泥棒一人に全賭けなんてリスキーだ。大穴にも程がある」
「それはどうも」


 アザゼルは目を合わせず、棒読みで答えた。


「だがロワイヤルの勝者を天使にする以上、ある程度参加者を倒した者でないと困る。だから、参加者を殺さないと勝者になれない、といったルールを追加したいと思う。
 例えば、ロワイヤルの参加者に名前を書いたもの……ドッグタグのようなものを持たせるとか」
「それを参加者を殺した証にしようとでも? 面倒なことを考えますね」
「あと、参加者が残り人数を知る術を作りたい。あの時計塔を利用できないか?」
「あの時計塔はエデン区の端にいると見えないという欠点が……おおっと危ない!」


 わざとらしい言葉と共に、大きな剣が振り下ろされる。


「甘い」


 豪快な一撃を、ルシフェルは細剣で受け止める。
それから距離を取り、間合いに細剣を突きだす。
アザゼルは後ろに飛んでかわした。


「隙だらけだ。もっと頭を使え。だが、確かに君の言う通りだ。あの時計塔は場所によっては見えない。時計塔以外にも見える場所が必要だな」
「時計塔だけで十分ですよ。参加者がその場所に集まれば、隠れる輩も減りますしねぇ!」


 次々に繰り出される攻撃を、ルシフェルは考え事をしながら避け続けている。


「なら、次は時計塔だけにしてみるか。あと懐ががら空きだな」


 ルシフェルは翼で宙を舞い、腕を斬りつける。


「くっ……!」


 アザゼルは大剣を落とし、そこで二人の戦いは終わった。
いつものことだが、見ている側はひやひやする。
最も、ルシフェルの実力の方が圧倒的に上回っているのだが。


「惨めだな。己の実力ぐらいわきまえろ。君の攻撃は単調すぎる。これでは人間と変わらない。天使なら、もう少し翼を使ったらどうだ。俺がその剣を拾ったら、君は堕天使になる。それができるくらい隙だらけだ」
「黙れ。僕に指図するな」


 アザゼルはすぐに大剣を拾う。


「へへっ、ふへはへへっ……せっかく護衛役になったんですから、毎日ぶっ殺して差し上げますよ。目障りなルシフェル様」
「君が護衛役を志願した時点でそんな気はしていたよ」
「そうでもないと、護衛役なんてやらないですよ」
「君は護衛役の意味を知っているのか?」
「大天使とかいうでくのぼうを殺す役ですよね?」
「……はぁ」


 ルシフェルは肩をすくめて、大きくため息をついた。


「悔しいなら、この僕を堕天使にでもしたらどうですか?」
「それはしない。天使は簡単に増やせない。こんな愚かなことで数を減らしていたら、いつか悪人の反乱を招くだろう」
「僕はお前のようなチビが、未だ僕の上に立っていることが気に食わない」


 そう言いながら、アザゼルはルシフェルに背を向けた。


「僕は僕の指図しか受けない。だからお前は邪魔だ」


 アザゼルは私の横を素通りして、自室に戻っていった。
廊下に取り残された私はため息をつく。
もしこの落とし物がルシフェルにとって大切なものだったら、大した用どころではない。
だが、今はどうしても面と向かって話す勇気がない。

 あくせくと城の廊下を往復する。
あの大きな部屋にルシフェルがいると思うと入れない。
仕事の話なら入るのは容易なのに、それ以外だと変な緊張感が邪魔をする。
気がつけば、女使会の開かれる時間になっていた。

 

***


 私は落とし物を返せないままアルメンに見つかり、城の広間に連れて行かれた。
ここはいつも女天使の溜まり場になっている。


「あっこれ、マカロンだよね? カラフルでかわいいー!」


 円状に並べられたマカロンを見て、レミエルが目を輝かせている。
初めて見たが、淡い色合いで見るからに甘そうな菓子だ。


 すると、
「あ、このお菓子おいしいー」
男の声と共に、規則正しく並んでいた菓子の列が崩れた。


「マカロンですか。現界のテレビで見たことはありますが、私も食べるのは初めてですね」
 

 場が静まる。
いつからいたのか、ラグエルとベリアルが紛れている。


「すごい甘いね、これ。僕の好み」


 ラグエルは周囲を全く気にせずにマカロンをかじっている。
彼には女天使たちからの冷たい視線が突き刺さっている。


「あのさぁ、何でいるわけ?」
「いや、おいしそうなお菓子が見えたからさ。アルアル、これも食べていいかい?」


 ラグエルはレミエルをかわしながら、アルメンにたずねる。
アルメンは静かに立ち上がった。


「……よし、ちょっと来い」
「え、何で?」
「あっちにおいしいお菓子がたっくさんあるからさ」


 アルメンはラグエルの腕を力強く引っ張って廊下に出る。
扉が勢いよく閉まる。


「うわっちょっと待って、いきなり殴ることないじゃん! いたっ、痛いって! お尻蹴らないでよ!」


 扉の向こうから、鈍い音とラグエルの声が聞こえた。
それからしばらくしてアルメンだけが戻ってきた。


「ったくあのお菓子バカ……肝心な時は現界でサボってるくせに、たまに帰ってくるとこれだ。あれが一番の古株天使なんて信じられないよ」
「はははっ。お二人は仲がいいですね。ラグさんは少々マイペースですが、戦闘では頼りになりますよ」


 ベリアルは楽しそうに笑い声をあげた。


「本当に? あれが本気で戦ってるとこなんて見たことないよ。鍛練もサボってるし」
 と言って、アルメンが首を傾げる。


「強いですよ。一度あの人の機嫌が悪かった日に、自分から戦うのを見ました。なんでも、バッドエンドを期待して観た映画がハッピーエンドだったとか……」
「ていうかアル姉も普通に喋ってるけどさ、何でベリアルも居座ってるわけ? これ女使会なんだけど」
 と、レミエルが口をはさむ。


「すみません。私もこれを食べてみたくて、つい。よろしいですか?」


 返事の代わりに、再び冷たい視線が返ってくる。


「ああ、レディーファーストでしたね。紳士は女性に順番を譲るものです。お先にどうぞ」
 

 ベリアルは恭しく頭を下げ、一歩下がる。
 

「アル姉~、もう一回」


 そう言って、レミエルはテーブルに肘をつく。
アルメンは「はいはい」と言いながら、ベリアルの背中を押し始めた。


「おや? アルメン、どうしました? なぜ私を押すのですか?」
「これ女使会だから」
「マカロン一つだけでも駄目ですか? 残念です。しかし私は紳士。女性に手荒な真似は……!」


 アルメンはベリアルを外に押し出してから、扉を閉める。
 

「筋肉紳士の言う紳士って、微妙に違うよね。とりあえず女性に優しくしておけば紳士、って感じ。まあ、空気は読まないけどさ」
「これでもう男いないよね?」
「アザゼルとかメタトロンはここに紛れるような性格じゃないし」
「だよねー。アザゼルとかいたらもう無意識に攻撃するし」

 

 私は特に話すこともないので、いつも無言でお菓子を食べている。


「そういえばレミー、アイドルをやることになったんだって?」
「それそれ。もー、アイドルとかほんとバッカじゃないの? 上級天使がアイドルとか意味分かんない」
「でもいいじゃん。アイドル。レミーは似合うと思うよ?」
「えー、でもさー」
「あれ、まんざらでもない?」


 アルメンは楽しそうにレミエルをからかっている。


「違うってば! だからさっきルシフェル様にアイドルなんかいらないって言ってきたよ。そしたら地獄の看守やれってさ。どっちも嫌なんだけど、明日までにどっちか選ばないといけないし。これじゃ次のロワイヤルまで地獄の看守やるしかないじゃん……」
 

 レミエルは机に伏して長々と愚痴を言い始めた。
彼女の愚痴は一度始まると長い。


「看守も悪いことばっかりじゃないと思うよ。善人がいないから酒飲んでも怒られないし」
「でもメタトロンみたいに毎日悪人を殴り続ける自信なんてないよ」
「あいつもサンダの兄貴やってる時はいいんだけどね。凶悪犯相手によくやるよ。ほんと」

 

 看守をやっている時のメタトロンは確かに容赦がなく、毎日のように罵倒している。
だが悪人相手であることを考えれば、彼はむしろ看守には向いているのかもしれない。


「何でロワイヤルとかあるんだろ。強さで仕事決めればいいのに」
「強さ順でも1位はアザゼルだけどね。しっかし、ルシフェル様の護衛がよりによってあのポンコツかぁー……」
「何でアザゼルって堕天使にされないの? ルシフェル様が優しすぎるのかな。ラビエルも護衛役取られて悔しいでしょ」


 しばらく沈黙が訪れる。


「えっ? 何?」


 私は少し遅れて自分が話しかけられていることに気づく。


「好きなんでしょ? ルシフェル様のこと」
「違っ……」


 気がついたらレミエルとアルメンが私を見ていた。
 

「ほらほら~照れてないで白状しなさーい」
「ねえねえ、いつから好きなの?」
「違うって」
「あれだけラビエルが見てるのに、気づいてなさそうだよねー」
「見てる側としては面白いけどね」

 

 こういう話になるとこの二人は止まらない。
恥ずかしいから早く終わって、と思うことしかできなかった。


「そういえば、さっきから何持ってるの?」


 レミエルに言われるまま手を広げると、返せなかった落し物があった。
返そうと思っていて、そのまま手に握っていることも忘れていた。


「チョーカー? ラビエルが着けるの?」
「ち、違う。これ、ルシフェル様の」
「えっ、ルシフェル様のやつ? 何で持ってるの?」
「鍛練してた時に、落ちてて」
「ルシフェル様と鍛練したの? ちょっと、それ詳しく聞かせてよ」


 私はルシフェルに鍛練に誘われたこと、そしてベリアルが途中で乱入してきたことを話した。


「ったく、あの筋肉バカ! 空気読めっての」


 アルメンが大きくため息をついた。


「でもそれ、ちゃんと返してこないとダメだよ。ルシフェル様、困ってるかもしれないよ」
「悪いってことは分かってるんだけど、緊張しちゃって……」
「じゃああたしたちはここで待ってるから、ちゃんと返してきてから戻ってきてね」


 半ばレミエルに追い出される形で、私は今度こそルシフェルの部屋に向かった。

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